妊娠中は非妊娠時と異なり、体に様々な変化が起こります。
これはすべて胎児の成長、妊娠の維持、そして分娩時の出血に備えるための変化です。
ではどうしてこんなことが国家試験に出題されるのでしょうか?
これは妊婦を診察したときに体の特徴を知っておくことは実際の診療でも大切だからです。
それでは一つ一つ見ていきましょう。
分娩時の出血に備えるための変化
①循環の変化(分娩時の出血に備えて)
妊娠中は分娩時の出血に備えて血液量を増やします。
循環血液量はおおよそ30週ごろには約1.5倍程度となります。
非妊娠時の循環血液量を4Lとすると6L程度となると思ってください。
では循環血液量は増えると赤血球も増えるかというとそうではありません。
むしろ薄くなります。
これを妊娠時の生理的な貧血といいます。
その理由は、分娩時の出血に備えて凝固系が活性化し血栓ができやすくなるからです。
妊娠中はドロドロの血液だと静脈血栓ができやすくなるため、あえて血液を薄くしているのです。
また胎盤は血管の塊なので、血液を薄くすることでさらさらの血液を滞りなく胎盤に血液を流すことができます。
☞ちょっと臨①
さて妊娠が進むにつれて横隔膜が挙上してきます。
それによって心臓も上に挙上してしまうため、見かけ上、心拡大しているように見えるため注意が必要です。
つまり妊娠中では心不全がないときのレントゲン写真はとても大切です。
産褥心筋症とよばれる疾患では心不全をきたします。
もし呼吸苦などを訴えて救急外来を受診した場合、レントゲン写真で発症前の画像と比較して変化がなければ、肺塞栓が隠れているかもしれません。
☞ちょっと臨床②
ちなみに循環血液量は増えるということは腎血流量も増加します。
つまり腎臓の子宮体で大量の血液が濾過されます。
腎臓では不要なものだけを捨てることができないため、まず全部排泄してそこから必要なものを再吸収をして、不必要なものを排泄しています。
妊婦の腎血流量はあまりにも多いので糖分は腎臓で再吸収されきれずに、
尿糖として出ることもあります。
妊婦健診で尿糖+1と出たとしても心配することはほとんどありません。
☞ちょっと臨床③
生理学で
血圧=心拍出量×抹消血管抵抗
という式があったのを覚えているでしょうか?
この式は今後産婦人科だけにかかわらず臨床をしていく上で、とても大切な式です。
血圧が低下したときに何が原因かを考えるときにとても役立ちます。
さて、この式では心拍出量が増加すると血圧が上昇します。
ということは、循環血液量が増加する妊婦では上昇するはずです。
しかし実際は妊娠高血圧症出ない限り上昇しません。
それはなぜでしょうか?
実は妊婦では胎盤により多くの血液を流すために抹消血管抵抗が低下するのです。
ですのでむしろ妊婦では血圧はやや低下する傾向にあります。
また妊娠高血圧症の項で説明しますが、下がるはずの抹消血管抵抗が上昇してしまうのが妊娠高血圧症です。
胎児の成長のための変化
①呼吸(胎児にたくさんの酸素を送りたい)
妊娠中は胎児分の酸素が余分に必要となります。
普通の呼吸では十分な酸素が得られないのでどうしたらいいでしょうか?
それは一回分の呼吸を深くすることで対応しています。
これを専門用語で一回換気量が増加するといいます。
これで十分ことたりるので呼吸回数を増加させたりはしません。
ちなみに、より深い呼吸となるため吐き出される二酸化炭素の量は増加します。
そのため、血中の二酸化炭素濃度はやや低下します。
さて妊娠が進むにつれ横隔膜が徐々に上に上がってきます。
つまり深呼吸がしにくくなります。
もちろん普段の呼吸には特に問題ないのですが、さらに深呼吸しようとしても横隔膜が下がらないため呼吸できません。
これを残気量の低下といいます。
ここで大切なことは妊婦の残気量が少ないということです。
つまり妊婦では肺に余裕がありません。
本来、私たちの肺はある程度余裕があるようにできています。
しかし、妊婦は横隔膜が挙上しているため肺には余裕がなく、肺を目一杯使っていることになります。そのため、呼吸器系の疾患に弱いということです。
私たちがちょっとした肺炎になってもそんなにしんどくないのは肺の予備能のおかげです。
妊婦の場合、気管支喘息にしろ、肺炎にしろ肺の余裕がないので症状が悪化しやすくなってしまいます。
②代謝(胎児の脳の成長にたくさんのブドウ糖を送りたい)
妊娠中はよくインスリン抵抗性が増加すると言われます。
ところでインスリンは血液内のブドウ糖を細胞内に取り込ませる働きを持っているんでしたね。
しかし、妊娠中はあえてインスリンが働かないようにします。
そうしたらブドウ糖が細胞内に取り込まれないために血糖値が高くなりそうですが、実際は空腹時でも100mg/dL以上となることは滅多にありません。
これは胎児に血糖が運ばれているからです。
よく思い出してください。
胎児循環では脳に主に血流が行くように作られています。
そして脳の主な栄養はブドウ糖です。
つまりインスリン抵抗性が増しても母体の血糖値が上昇しないくらい、胎児の脳の発育には大量のブドウ糖が消費されていることを示しています。
*ちなみに母体のインスリン抵抗性は胎盤から放出されるhPLというホルモンの作用によってもたらされます。
さて母親はブドウ糖が使えないとなるの何を栄養源とするのでしょう。
それは脂質です。特に中性脂肪です。
これらがブドウ糖の代わりの母親のエネルギー源となります。
☞ちょっと臨床④
胎児が脳の発達で消費する以上に血糖値が上昇してしまうことを妊娠糖尿病といいます。
妊娠するとhPLの作用によってインスリン抵抗性が上昇しますが、血糖値は上昇しません。
つまり妊娠糖尿病の人は実はもともと検診ではひっかからないくらいのインスリン抵抗性もっていると考えるといいでしょう。
つまり将来的に本当の糖尿病になる可能性があるということです。
実際に妊娠糖尿病の10人に1人は本当の糖尿病になります。
ですので妊娠糖尿病は将来の糖尿病の早期発見ができたと考え、糖尿病を発症しないように若いうちから食生活などを注意するきっかけであるとして捉えるといいでしょう。
妊娠の維持のため
①消化器
子宮は平滑筋で作られていますが、同様に平滑筋で作られている臓器が消化管です。
妊娠中は子宮が収縮しては大変なので平滑筋が収縮しないように働きます。
この作用を支えているのがプロゲステロンです。
さて消化管の場合、平滑筋が収縮しないと便秘になります。
また胃の入り口である噴門も平滑筋ですがその作用も弱まるため嘔気や胃酸が込み上げたりする逆流性食道炎になりやすくなります。
これはとても生理的であえて嘔吐することで腹圧を外に逃す役割があると考えることもできます。
☞ちょっと臨床⑤
胃の噴門がゆるいということは注意しないといけないことがあります。
嘔吐しやすいということです。
妊婦は妊娠維持のために平滑筋がゆるいので、消化管もその機能が弱まります。
つまり消化に時間がかかります。
かつ噴門部が緩いので嘔吐しやすいつまり、誤嚥のリスクが高いのです。
緊急帝王切開のときなど、妊婦は常にフルスタマク(食直後の状態)と考えて気管挿管しますが、そのためです。
②免疫
さて妊娠すると今までになかったものが体内に存在するようになります。
本来であれば異物として免疫系が機能しますが実際は機能しません。
つまり免疫力が低下します。
ところで免疫系には、
リンパ球から産生される抗体による強力な体性免疫
と
好中球などによる細胞性免疫
が存在します。
細胞性免疫は好中球などを主体とした太古からの免疫です。
ちなみに抗体(IgG抗体)は胎盤をすり抜けられるのでしたね。
そのため、妊婦の体は変な抗体を産生しないように体性免疫を弱めます。
その代わりに細胞性免疫が強くなります。
そのため妊婦では好中球が増加する傾向にあります。
ところで体液性免疫が弱まるということは抗体が主な免疫性疾患は病状が良くなることがあります。
例えばSLEや関節リウマチなどです。
それに対して、気管支の炎症である気管支喘息などでは増悪する傾向にあります。
その他
皮膚
妊娠中は乳房や会陰部などへのメラニン色素の沈着が顕著となります。
ここでサルなどの動物を見てみましょう。
サルは発情期を示すのにお尻が真っ赤になります。
つまり真っ赤であることは生殖が可能であることを周りに示しているのです。
しかし、妊娠中は真っ赤にはなりません。つまり、ヒトにおいてもあえてメラニン色素を沈着させることで、妊娠中であることを周りに知らせているのです。
今回は妊婦の体の変化についてまとめてみました。