わかる!見えてくる! 妊娠糖尿病

  • 2022年2月20日
  • 2022年3月5日
  • 産科
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今日は妊娠糖尿病について考えていきたいと思います。

妊娠糖尿病はとても難しい分野で1回の講義だけでは伝えきれない疾患です。

ここでは妊娠糖尿病の国家試験に必要な基本的な考え方に絞って見ていくことにします。

 

血糖と妊娠

妊娠すると赤ちゃんの成長にたくさんのエネルギーが必要になります。

胎児循環が脳に最も血液が流れるようにする仕組みであることから分かるように、脳の発達・成長が胎児の成長で最も重要になります。

特にグルコースは脳(神経)が利用できる唯一のエネルギー源です。

そして、そのエネルギー源として母体の血液に含まれるグルコース、すなわち血糖が利用されます。

 

ところで、つわりがひどい場合(重症妊娠悪阻)は点滴で補液をしますが、ビタミンB12も一緒に投与します。

これはグルコースの代謝にビタミンB12が必要だからです。

胎児はグルコースを使って生化学で勉強した「解糖系-クエン酸回路-電子伝達系」から大量のエネルギーを作り出します。この大量のエネルギーが脳の成長に必要になります。

ところでクエン酸回路を回すためには酸素が必要でしたね!

生化学の視点からみてもグルコースと酸素は胎児にとってとても重要なのです。

 

胎児に効率よくグルコースを運搬する仕組み!インスリン抵抗性

インスリンは末梢の組織に作用して血液からグルコースをエネルギー源として取り込むことで血糖値を下げます。

つまりインスリンは血液内のグルコースを体中の細胞に栄養するホルモンなのです。

しかし、妊娠すると母体の組織よりも優先的に胎児にグルコースを運搬しようとします。

お母さんの組織が血液内のグルコースを消費してしまったら、胎児の成長に必要なグルコースを赤ちゃんに届けることができません。

そのため、あえてインスリンを効きにくくすることで母体の組織にグルコースを取り込ませないようにします。

この仕組みのことをインスリン抵抗性の増大(インスリンが効きにくくなること)といいます。

インスリンが効きにくくなることで、母体の組織が血液からグルコースを取り込みにくくなるため血糖値が上昇します。そして、その上昇した血糖を胎児が利用します。

 

インスリン抵抗性を上げるホルモン: hPL

ではどのようにしてインスリン抵抗性が生まれるかというと胎盤から分泌されるホルモンの影響です。

妊娠すると絨毛・胎盤からhPL(ヒト絨毛性ラクトゲン)というホルモンが分泌されます。

このhPLが母体に作用すると、インスリンが効きにくくなり、お母さんの体が血液からグルコースを吸収しなくなります。

ではお母さんのエネルギー源はどうなるかというと、

グルコースの代わりに脂肪を使用するようになります。

そのため脂質代謝が増えるため中性脂肪やコレステロールの値が上昇します。

妊娠糖尿病とは

さてお母さんがご飯を食べた時のことを考えてみましょう。

妊娠していない場合、ご飯を食べると血糖値が上昇してインスリンが放出されます。

すると末梢の組織がインスリンに反応して血中のグルコースを細胞に取り込みます。

しかし、妊娠しているとインスリンが効きにくくなっているので、末梢組織の細胞がグルコースを取り込まないため、妊娠していないときよりも血糖値が上昇します。

この血糖値の妊娠前との差を胎児は利用します。

 

もちろん胎児は増加したグルコースをすべて利用できるわけではないので、胎児が使いきれなかったグルコースは母体のインスリンによって末梢組織に利用されます。

しかし、インスリンが効きにくくなっているため通常よりも血糖値は高くなっています。

そのため血糖値を下げるのに必要なインスリン量も増えてしまいます。

 

ここで大切なのが、妊娠時はインスリン抵抗性が増大するため血糖値を下げるのに必要なインスリンの量が増えているということです。

 

多くの人はインスリン分泌予備能といって、血糖値が普段より増加しても余分にインスリンが分泌することができるので問題になることはありません。

しかし、中には妊娠時に余分に必要になるインスリンを出せないような人がいます。

このような人が必要なインスリンを分泌できずに血糖値が上昇してしまい妊娠糖尿病になります。

単に分泌能といっても、インスリンを分泌する速度や貯蔵量、生成速度などがあります。そのいずれかに問題がある場合に必要以上に血糖が上昇してしまいます。例えば、分泌速度が低ければ一気に血糖値が上昇してしまいます(75g OGTT 1時間値 陽性)。貯蔵量が低い場合は長時間分泌できないため長期間血糖値が高くなります(75g OGTT 2時間値 陽性)。

 

ここがとても大切で、妊娠するとインスリン抵抗性が増大して血糖値が上昇し、必要なインスリン量が増えますが、全ての妊婦が妊娠糖尿病になるわけではないということです。

妊娠糖尿病になる人とならない人の違いは、非妊娠時よりも多くのインスリンを分泌できるかできないかというところです。

 

一般的に妊娠週数が進めば進むほど、hPLの分泌量が増えるため、インスリン抵抗性が増大し、血糖値が上昇する傾向にあります。

つまり、週数が増えるにつれて必要なインスリン量が増えてくるのです。

言い換えると妊娠糖尿病を発症する週数が早いほどインスリン分泌の予備能が低いとも考えることもできます。

 

 

どうして厳密に血糖管理をするの?

さて妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠と診断された場合、血糖管理が必要になりますが、その理由は初期と中期以降で異なると考えるとわかりやすいと思います。

初期の血糖コントロールの目的

初期の場合は、主に胎児奇形の観点から血糖コントロールが必要になります。

さらに高血糖は胎児だけでなく胎盤にも悪影響を及ぼします。

高血糖であることは血管新生の抑制したり動脈硬化で見られるように血管をぼろぼろにしたりしてしまいます。

つまり高血糖は胎児奇形だけでなく胎盤の奇形も引き起こすと捉えることもできます。

そのため、正常な胎盤(=血管)が形成されないため、将来的に脆い血管から出血して胎盤早期剥離を発症してしまうことがあります。

 

中期以降の血糖コントロールの目的

それでは胎盤や胎児が完成して奇形のリスクが低くなる中期以降の血糖管理はどうでしょうか?

もちろん血糖管理が必要になります。

妊娠全期間を通して血糖管理をする理由は主に2つあります。

①スムーズな分娩なため②生まれてからの健康障害を回避するためです。

 

①スムーズな分娩のため

血糖値が高いということは胎児の栄養が豊富であるということです。

つまり、胎児が毎日食べ過ぎになってしまいます。

すると胎児がぷくぷくと太ってしまうため難産になってしまいます。

胎児の体重が増えすぎる、つまり巨大児になってしまうと、分娩の3要素すべてに影響してしまうからです。

 

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②出生後の健康障害の回避

高血糖は巨大児傾向になるだけでなく様々な臓器にも悪影響を与えます。

そのため出生後に様々な症状を呈することがあります。

妊娠糖尿病に合併する新生児期の健康障害として、

・新生児低血糖症

・新生児高ビリルビン血症

・新生児低カルシウム血症

・新生児多血症

などが挙げられます。

 

ちなみに国家試験的にはこれらを覚えておくことはとても大切ですが、むしろ出生後に出現する症状からこれらの疾患を疑う力を身につける方が臨床的にも国家試験的にも大切になります。

 

・新生児低血糖症:

母体が高血糖だと胎児も高血糖となります。

そのため血糖値を下げるため胎児も大量のインスリンを分泌しています。

しかし、出生後に臍の緒からグルコースが供給されない状態になると分泌され続けている大量のインスリンにより低血糖になってしまいます。

症状としては、哺乳障害、活動性低下、筋緊張低下、無呼吸、嗜眠傾向、けいれん、皮膚蒼白、呼吸障害、頻脈などが挙げられます。

 

妊娠初期の重症の高血糖では胎児奇形が問題となりますが、妊娠中期以降の高血糖の場合は臓器の未成熟といった問題が生じることがあります。

特に影響が出てくるのが肝臓副甲状腺です。

 

・新生児高ビリルビン血症:

高ビリルビン血症は胎児の肝機能不全です。

高血糖下では肝臓の成熟が遅れてしまうため、肝臓が本来の機能を発揮できずにビリルビンがなかなか分解できないことが原因です。

胎児は黄疸になりやすいと言われますが、それは出生後に胎児型ヘモグロビンが大量に分解されるため、大量のビリルビンが産生されるからです。

それに加え、もし高血糖による胎盤機能不全によって多血症であればさらに大量のヘモグロビンが分解されてしまいます。

基本的にはビリルビンは毒であるため、分解できないと脳に蓄積してしまい様々な神経症状が出てきてしまいます。

しかし、基本的に黄疸は皮膚色で症状が出てくるためわかりやすいですし、今では生まれてからはほぼ全例、ビルメーターで赤ちゃんの黄疸の程度を測定するため見逃すことはほとんどありません。

そのためビリルビンが脳に蓄積して神経症状を呈する核黄疸もほとんどみられなくなりました。

 

・新生児低カルシウム血症:

肝臓と同様に高血糖により血中カルシウム濃度を上昇させる副甲状腺の成熟が阻害されてしまうことが原因で発症します。

ただ低カルシウム血症は採血しないとわかりません。

国家試験の問題的には、妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠から低カルシウム血症を選ばせる問題が作られる傾向にあります。

しかし、実際の臨床では血糖コントロールが不安定であった妊婦から生まれた赤ちゃんの症状から低カルシウム濃度を疑うことが大切です。

 

カルシウムは筋肉を動かすのに大切なイオンです。

そのため筋肉を動かす力が弱くなってしまうことに起因する症状がでてきます。

具体的な低カルシウム血症の新生児の症状としては、筋緊張低下、頻脈、呼吸障害、哺乳不良、テタニー、痙攣発作などが挙げられます。

 

・新生児呼吸窮迫症候群:

原因はさまざまですが、低カルシウム血症に伴う呼吸筋不全とからめて考えるとわかりやすいでしょう。

もちろん低血糖なども原因となります。

 

・新生児多血症:

初期の胎盤奇形のところでもお話しましたが、高血糖による血管新生障害から胎盤機能不全を来たしてしまうため低酸素血症になることがあります。

低酸素血症になると、低酸素を補おうとヘモグロビンが大量に作られるため多血症になります。

ちなみにこの多血症が出生後の高ビリルビン血症につながることにもなります。

 

いろいろと解説しましたが、大切なのは新生児の症状から低血糖で生じる合併症を疑うことです。

 

管理不良な妊娠糖尿病や糖尿病合併妊娠の患者さんを見た場合、起こりうる合併症を念頭において、新生児科の医師に相談したり、出生後の赤ちゃんを診察し、もし異常があれば採血で血糖値やカルシウムなどの検査を行い診断したりすることが大切です。

これは新生児医学の範囲になってしまいますが、低血糖や低カルシウム血症で見られる症状は重なるところも多いので、もし疑ったら、血糖値以外にもカルシウムにも注目するといいでしょう。

 

将来の健康障害

胎児が高血糖に長期間さらされてしまうと胎児はインスリンを大量に分泌してしまいます。

赤ちゃんがお腹の中にいるときにインスリンを分泌して血糖値を下げる分には問題はありません。

しかし、胎児のころから大量のインスリンを分泌し続けていると、インスリンが早く枯渇したり産生するβ細胞が疲弊したりして十分に分泌できなくなり、早い時期から糖尿病を発症する可能性が高くなるのです。

 

妊娠糖尿病になったら将来糖尿病になるの?

妊娠糖尿病患者の10人に1人は将来的に本当の糖尿病になると言われています。

一般的にインスリン分泌量は年齢を重ねるほど低下してしまうため、将来的に十分な量のインスリンを出せなくなるからです。

そのため妊娠糖尿病と診断されたお母さんに対しては肥満や暴飲暴食などにより必要なインスリン量が増えないように指導することが大切になります。

 

妊娠糖尿病になるのは悪いこと?

さて妊娠糖尿病になることはお母さんにとっては悪いことのようにも見えますが、僕は患者さんに次のように説明しています。

ヒトは社会的にも身体的にも成熟するのに10年以上はかかります。

つまり、親は子供の面倒を最後まで見るためにも10年以上生きなければいけません。

実は妊娠糖尿病や妊娠高血圧症は将来、「本当の糖尿病や高血圧にならないように今のうちから食生活に気をつけて長生きしてね」』という赤ちゃんからのメッセージです。

むしろ、妊娠をきっかけに自分が気をつけないといけない身体であると赤ちゃんが教えてくれているのだと説明しています。

 

妊娠糖尿病の診断

ここからはより臨床的な内容に入ってきます。

妊婦に関連する内分泌疾患として、妊娠糖尿病のほかに、糖尿病合併妊娠と妊娠時に診断された明らかな糖尿病があります。

いずれも1型または2型の糖尿病が合併した妊娠ですが、

診断されたのが妊娠前であれば「糖尿病合併妊娠

診断されたのが妊娠中であれば「妊娠中に診断された明らかな糖尿病と呼ばれます。

では妊娠中の糖代謝異常である「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」と「妊娠糖尿病」はどのように鑑別するのかが問題になってきます。

そこで使用されるのがHbA1cまたは空腹時血糖値です。

「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」の診断基準

基本的に妊娠糖尿病であれば妊娠前は通常の血糖値なので、過去の血糖値の程度を示すHbA1cは低いはずです。

それに対して、妊娠以前から糖尿病が存在していればHbA1cは高いはずです。

具体的には、HbA1c 6.5%以上であれば、「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」と診断します。

ところでHbA1cは過去1ヶ月程度の血糖値を反映すると言われています。

つまり、過去1ヶ月以内に糖尿病となった場合はHbA1cの値に反映されないことがあります。

そこで使用されるのが空腹時血糖です。

空腹時とはインスリンが最も効いている状態、つまり血糖値が最も低くなる時です。

そんなときに血糖値が高ければ全くインスリンが効いていない、または分泌されていないと捉えることができます。

つまり糖尿病であるかどうかがわかります。

具体的には、空腹時血糖値 126mg/dL以上であれば、「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」と診断します。

 

補足ですが、75gOGTTで1時間値や2時間値がたとえとても高かったとしても、「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」とは診断しません。

これはあくまで75gのグルコース(角砂糖約21個分)を摂取することで一気に血糖値を上げてインスリンの分泌能を見るような特別な状況下での検査になります。

そのため、75g OGTT負荷後の血糖値が高かったとしても、インスリン分泌能が低下しているということまではわかりますが、本当に糖尿病であるかどうかまではわかりません。

ただし、2時間値 200mg/dL以上であれば「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」の可能性を念頭において検査を進めていきます。

妊娠糖尿病の診断

「妊娠糖尿病」、「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」の診断までの流れは次のとおりです。

妊婦健診での採血、尿検査異常

妊婦健診での尿検査や初期、中期の血液検査での異常を見つけたら、まずは「妊娠糖尿病」または「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」を疑います。

①妊婦健診の採血検査(随時血糖値)で100mg/dL以上

②50gGCT(50gグルコースチャレンジテスト)検査で1時間値140mg/dL以上

③妊婦健診の尿検査で尿糖3+が継続 

 

つづいて、75gOGTT検査を行います。

75gOGTT

この検査は、簡単に言うと、75gのグルコース(角砂糖21個分)の入った砂糖水を一気に飲んでもらい、その後の血糖の推移を試験前、試験後1時間後、2時間と観察するものです。

ちなみに75gのグルコース水はとても甘くて飲めたものでないので炭酸が入っていて、ラムネやサイダーのように飲みやすいように工夫されています。

 

この検査の3つの評価項目

①空腹時血糖 ≧92mg/dL(126mg/dL以上は「妊娠中に診断された明らかな糖尿病」)

②1時間値 ≧180mg/dL

③2時間値 ≧153mg/dL

のうち一つでも引っ掛かったら、「妊娠糖尿病」と診断されます。

妊娠糖尿病の治療

妊娠糖尿病の治療は基本的には食事療法です。

インスリンの分泌能に問題があることが原因なので、無理がないようにインスリンを分泌してもらうことが大切になります。

しかし、妊娠している場合、お母さんだけでなく胎児分のエネルギーも余分にとらないといけません。そこで、食事回数を何回かに分けて血糖値の上昇を抑えてあげることで、インスリン分泌の負担を減らしてあげたりします。

妊娠糖尿尿病と診断された妊婦の1日に必要なカロリー量(適正エネルギー量)は、

標準体重(kg)×30kcal+妊娠時期に応じた付加量(kcal)になります。

本来であれば、標準体重などしっかりと計算するべきですが、

なかなか覚えたり計算したりするのも大変なので、計算が苦手な人は下の身長に応じた標準体重換算表を目安に覚えてください。

おおよその値は計算できるかと思います。

例えば妊娠25週の155cmの妊婦であれば、標準体重は150cmの50kgと160cmの55kgの間の52.5kg、四捨五入して53kgくらいだと概算して計算します。(ちなみに実際の155cmの人の標準体重は52.9kg) すると適正エネルギー量は53kg×30kcal+付加量250kcal=1840kcalといった具合に簡単に導き出せます。

食事療法でも血糖値が安定しない場合はインスリンの導入をします。

基本的に糖尿病薬は催奇形性があるため妊娠中は使用しません。

 

いかがでしたでしょうか?

妊娠糖尿病だけで本が一冊かけてしまうくらい膨大な情報量がありますが、エッセンスは理解できましたでしょうか?

今日の講義は以上です。

 

 

 

 

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