今回からは、月経について考えていきます。
この講座を一通り読むとちょっと月経についてマニアックになれるかなと思います。
それでは新しい切り口の産婦人科学 月経編の始まりです。
ところで妊娠の始まりはいつでしょうか?
実は月経です。
月経1日目が妊娠0週0日となります。
みなさんこんな疑問はもったことはないでしょうか。月経が28日周期であれば基本的に月経1日目が妊娠0週1日となります。おそらくこのことが国家試験での妊娠週数を計算する問題で混乱させている原因ではないかと思います。 さてどの本[…]
まずは月経について理解するところから始めましょう。
月経を理解するにはホルモンを理解しなければなりません。
ところでこんな疑問をもったことはありませんか?
どうして視床下部、下垂体、そして卵巣へと3つの段階をふむのでしょうか?
下垂体はどうして存在するのでしょうか?
その疑問について考えることが、月経を理解する最初のステップとなります。
始まりは視床下部
脳の解剖を見てみると実は視床下部は臭球と直接つながっています。
これは、かつては視覚よりも臭覚が周囲の環境を知る大事な情報だったからです。
たとえば、犬や猿などは生殖行動をするときに、オスがメスの肛門付近の臭いを嗅ぎます。
臭いとはフェロモンのことです。
臭いはオスとメスの間の重要なシグナルなのです。
その臭いによって直接、視床下部が刺激されます。
ホルモンの始まりは視床下部なのです。
☞ちょっと臨床
実臨床ではGnRHアナログと呼ばれる視床下部に作用するスプレキュア®︎という薬があります。
この薬は点鼻薬です。
なぜ点鼻でもいいかというと臭球と視床下部は繋がっているからです。
下垂体をつくった理由
では、どうして視床下部から直接、卵巣を刺激しないのでしょうか?
このことについて考えたいと思います。
実は生殖行動には大量の性ホルモンが必要となります。
もし脳内で大量の性腺刺激ホルモンであるゴナドトロピン(FSHやLH)が出てしまったらどうでしょう?
脳が大量の性腺刺激ホルモンに暴露してしまいます。
脳は微量の神経伝達物質の組み合わせによって制御されているので、
大量のホルモンの暴露から脳を守る必要があります。
そこで脳からちょっと離れたところに下垂体を作り、ゴナドトロピンを分泌することにしました。
解剖で下垂体門脈系と習ったかと思いますが、これは大量のホルモンによる暴露から脳を守るための仕組みでもあるのです。
このように視床下部−下垂体−卵巣と段階を経ることで、
脳を大量の性腺刺激ホルモンから守ることができます。
また段階を経ることで少量のホルモンからさらに大量のホルモンを分泌することができます。
これが性ホルモンのカスケードです。
月経のイメージ
それでは実際の月経について見ていきましょう。
子宮を鉢植え、子宮内膜を土、そして受精卵を種と考えるとわかりやすいです。
月経は古くなった土を鉢から出すことです。
これによって鉢を綺麗にして新しい土で受精卵を迎える準備をします。
これが月経です。
そしてそれを制御しているのが、卵巣からのホルモンです。
月経がしっかりと周期的におこるには、卵胞が発育、排卵、黄体の形成、そして白体となる過程をしっかりと刻むことが必要です。
つまり、卵巣時計です。
これが刻まれないと鉢植えの土をどうしたらいいかわからなくなるので、不正出血などの原因となります。
実際の月経
実際の月経において、ホルモンのグラフを理解することはとても難しいです。
しかし、主要人物を覚えるとホルモンのグラフが見えてきます。
次のことだけを覚えてください。
ホルモンの追いかけっこです。
①月経期:FSH
⬇︎
②卵胞期(増殖期):︎エストロゲン
⬇︎
③排卵期:︎LH(サージ)
⬇︎
④︎黄体期(分泌期)プロゲステロン
もっと簡単にすると、
FSH➡︎エストロゲン➡︎LH➡︎プロゲステロン
では少しずつ詳細について見ていきましょう。
①FSHの分泌
さてヒトにおいては実際の月経での視床下部を刺激するのは、
前の月経周期で黄体から放出されるエストロゲンとプロゲステロンが低下することです。
これによって視床下部が刺激されます。
視床下部から下垂体にGnRH(ゴナドトロピン放出ホルモン)というホルモンが放出され、
そして下垂体に作用し、ゴナドトロピンが放出されます。
このゴナドトロピンとは卵胞刺激ホルモン(FSH)と黄体化ホルモン(LH)のことですが、
卵子の成長に特に大切なのはFSHです。
LHは排卵の時に作用すると考えてください*。
*実際にはLHとFSHが協調して卵子に作用してホルモンが作られるTwo cell thoryというものがあります。今回は国家試験のための便宜上、LHは排卵のためのホルモンと考えることにします。
さてここで月経の役割をはっきりとさせましょう。
月経とは、
⑴古くなった子宮内膜を廃棄し、
⑵次に育つ卵子の準備期間
と考えてください。
⑴子宮内膜の準備
子宮内膜は月経で剥がれます。
子宮を掃除して、新しい土を作る準備をしています。
ちなみにこのエストロゲンとプロゲステロンが低下(消退)することで子宮内膜は子宮から剥がれて月経となります。
これを消退出血といいます。
⑵育てる卵子の準備
特に注目して欲しいのは卵巣です。
実は月経期の5日間で卵巣ではこんなことが起こっています。
卵巣では、原始卵胞という極めて未熟な卵子が常に複数成長しています。
ある程度までは自分自身の力で成長できますが、一定の大きさまで成長するとゴナドトロピン(特にFSH)の力が必要になります。
ちなみにこの成長にゴナドトロピンが必要になった卵子は専門用語では前胞状卵胞という名前で呼ばれます。
これらの卵子は月経期に分泌されるようになったゴナドトロピンによって成長していきますが、実は月経期の5日間のうちに間引きされ1つに選別されていきます*。
これは首席卵胞ともよばれます。
*まだこの間引きの仕組みは残念ながら分かっていません。ある程度大きくなると周囲の卵子の成長を抑える物質が放出されているとも言われています。
☞ちょっと臨床
クロミフェンは5日目から投与します。
これは4日目以内だと卵子の選別が終わっていないため多胎のリスクになるからです。
もちろん5日目以降でも多胎のリスクはありますが、4日目以内と比較すると圧倒的に低いです。
②エストロゲンの分泌
月経が終了すると選別された卵子(主席卵胞)はさらに成長していき、エストロゲンを産生するようになります。
このエストロゲンによって子宮内膜は徐々に分厚くなっていきます。
卵巣の視点でみると、この時期は卵胞期とよばれます。
子宮内膜の視点でみると、この時期は増殖期と呼ばれます。
③LHの分泌(LHサージ)
さて、卵子(卵胞)がある程度成長しエストロゲン量が増えてくると、
視床下部は卵子が成熟し排卵の準備が整ったと判断します。
そして、それが刺激となりLHサージと呼ばれるイベントが起こります。
これが排卵の合図です。
詳細はまたお話しますが、エストロゲンの増加につづいて、LHが大量に分泌されるようになり、それによって排卵が起こります。
☞ちょっと臨床
LHは別名「黄体化ホルモン」と言いますが、
排卵が起こらないと卵胞に卵子が残ったままでは黄体になりきれません。
卵胞のままなので、エストロゲンしか出すことができません。
排卵障害がある場合、不正出血が起こります。
これは排卵せずに残った卵胞はエストロゲンを出し続けるために子宮内膜が分厚くなりすぎて、内膜抹消の血流不全により内膜の一部が剥がれてしまうからです。
これを破綻出血といいます。
④プロゲステロンの分泌
LHサージによって排卵が起こると卵子のなくなった卵胞は黄体になります。
この黄体の寿命はおおよそ2週間と決まっています。
この黄体からはエストロゲンも放出されますが、最も大切なのはプロゲステロンです。
このプロゲステロンによって成長した子宮内膜を受精卵の着床しやすい状態に整えてくれます。
この時期は卵巣の視点からみると黄体期と呼ばれ、
子宮内膜の視点から見ると分泌期と呼ばれます。
なぜ分泌期とよばれるかというと、プロゲステロンが精子や卵子、受精卵が子宮内膜の上を動きやすいように分泌液を産生するからです。
そして2週間を過ぎると、黄体はその役割を終え、プロゲステロンやエストロゲンを放出しなくなります。つまり月経が始まり、次の周期が始まるのです。
妊娠したら
もし受精卵が着床すると受精卵が成長して絨毛という組織からhCGというホルモンが分泌されます。
妊娠の判定にも使用されるこのhCGが黄体を刺激して、もっと働くように促します。
つまり黄体機能不全のひとに対して、hCGを投与することがありますがこの作用を利用しています。
ネガティブフィードバックとインヒビン
ここでもっと詳しい話にうつります。
FSHは卵胞の成長に必要とお話しました。
排卵までもちろん分泌されますが、FSHのピークは実は月経5日目くらいです。
これはある一定の濃度を超えると選別された卵子は少量のFSHが存在するだけでも自然と成長するようになるからです。
つまり大量のFSHも必要なくなります。
そこで、ネガティブフィードバックという仕組みを作りました。
卵胞が成長するにしたがい増加するエストロゲンが視床下部に作用しGnRHの分泌を抑制する仕組みです。
これによってFSHを含むゴナドトロピンの分泌は抑えられます。
ちなみに卵胞が成長すると実はエストロゲンだけではなくもいう一つ別のホルモンが分泌されます。
インヒビンです。
このインヒビンは実は下垂体に作用してFSHの分泌を抑えます。
これはFSHが放出され続けてしまうと他の卵胞も育ってしまい多胎のリスクが増えてしまうからです。ちなみにLHは抑制しません。
これは後に来るLHサージを邪魔しないためです。
ポジティブフィードバックとLHサージ
さてエストロゲンがある程度上昇するとLHサージが起こるんでしたね。
ネガティブフィードバックが起こるのにどうしてLHだけ大量に分泌されるのかって不思議に思いませんでしたか?
実は視床下部ではGnRHを分泌する場所は2箇所あるのです。
①エストロゲンの増加に従いネガティブフィードバックによって抑制される部分
と
②ポジティブフィードバックによって大量のGnRHを分泌し、LHサージを起こす部分です。
つまりネガティブフィードバックで抑制される場所では、
排卵期でもGnRHの分泌は抑えられたままです。
それに対してポジティブフィードバックが起こる場所では、
普段はGnRHの分泌は抑制されていますが、
エストロゲンがある程度上昇するとポジティブフィードバックによって大量のGnRHを分泌するようになります。
これによってLHも大量に分泌されます。
これがLHサージです。
ところでGnRHが分泌されるということはFSHもサージがあるのではないかと思いませんか?
そうです。
実は起こっています。
実際はゴナドトロピンサージといったほうがいいでしょう。
そこでよくグラフを見てください。LHサージのときにFSHにも小さな山があります。
これがFSHサージです。
しかし、インヒビンによって下垂体のFSH分泌は抑制されるので、LHサージほど派手な山にはならないだけです。
☞ちょっと臨床深掘り
月経が完成する過程は、視床下部が成熟する過程です。
まずネガティブフィードバックが起こる場所から完成します。
その後、ポジティブフィードバックが起こる場所が完成します。
体重減少性無月経などでは、月経が完成する過程と逆の過程をとります。
まず視床下部のポジティブフィードバックを起こす部位から障害されていきます。
この場合、LHサージによる排卵が起こらなくなるだけでゴナドトロピンの基礎分泌は保たれているのでエストロゲンは存在します。
排卵が起こらないということは黄体ができないのでプロゲステロンがありません。
つまり、一度無月経です。
この場合は黄体ホルモンを投与することで月経がきますのでホルムストローム療法が治療となります。
さらに障害されると視床下部のネガティブフィードバックを受ける部位も障害されます。
つまりFSHも分泌されなくなるため卵胞も育ちません。
エストロゲンすら分泌されなくなる二度無月経です。
この場合、エストロゲンと黄体ホルモンを投与するカウフマン療法が必要となります。